橋本絢子 起業にいたるまでの人生ストーリー2

【全編はこちら】
橋本絢子 起業にいたるまでの人生ストーリー1 幼少時代~大学入学まで
橋本絢子 起業にいたるまでの人生ストーリー2 社会人デビューしてから
橋本絢子 起業にいたるまでの人生ストーリー3 コピーライターになってから

こんにちは、橋本絢子です。

橋本絢子 起業にいたるまでの人生ストーリー1の続きです。

【2】社会人デビューしてから

20歳。この頃は1日2〜3時間しか寝ていなかったので目の下のクマがすごい。

在学中にプロのデザイナーデビュー

その頃、私は趣味で使い始めたIllustratorで時々絵を描いていました。
「会社を設立したばかりの社長が、Illustratorを使える人を探しているんだけど、絢ちゃん、やってみない?」と声をかけてきた友人。二つ返事で「紹介して欲しい」と即答。お金も時間も無く破綻していた大学生活。後に引けない状態で、アルバイトの掛け持ちだけは続けていました。
友人より紹介を受けた「社長さん」は、20歳だった私よりも11歳年上の31歳。30歳で会社を設立し、一人で奮闘しているところでした。最初に紹介を受けたのが1月。それからしばらく社長さんから連絡の無い日が続き、不安でしたが、3月になって「会いたい」とのこと。自分の持っていた中で一番いい服を着て、駅ビルタワーの中にあるオシャレなオフィスへと入っていったのです。

ベンチャー企業でデザイナーデビュー

「どうしてもプロのデザイナーになりたいんです。クリエイティブを仕事にしたいです」と社長さんに頼み込んだ私は、さっそくその会社の常駐先クライアントの仕事を任せてもらいました。イラストのラフ作成、冊子の作成、DMの作成など。印刷物のデザインがメインでした。全くの未経験から始めた仕事。外注デザイナーさんのデータを見よう見まねで参考にしたり、お客さんにIllustratorの使い方を教えてもらったりする日々。失敗だらけでした。刷り上がった冊子の裏表紙と最後のページが逆になっていて、刷り直したこともありました。徹夜をすることも多く、毎日、ほとんど寝ずに働いていました。

営業に転身

ベンチャー企業での仕事は充実していた楽しかったものの、待ち構えていたのはお金の問題でした。インターンに近い形態で働いていたので、やがてアルバイトで貯めた貯金も底を尽き始めます。かといって即戦力になるほどのスキルも伴なっておらず、悶々と悩んでいた頃、常駐先のお客様からご飯に誘っていただきました。

ご飯を食べに行って紹介されたのは、Web制作会社のプロデューサー。その人は30歳過ぎに見えましたが、実年齢は23歳とのこと。「一度、面接に来てみないか?」と言っていただいたので、後日、その会社へ行ってみることにしたのです。

めでたくWeb制作会社に採用されて入社。その会社では、私と同い年ではるかにスキルの高いデザイナーがたくさん活躍していました。明らかな実力不足を実感。しかしやがて営業兼ディレクターとしてプロジェクトを牽引していく面白さに気付き始めます。

コピーライティングの魅力に惹かれる

ある日、とある美容機器メーカーへ訪問したときの出来事です。「商品のキャッチコピーを考えて欲しい」と、その会社の社長は言いました。「キャッチコピーですか?」これまでデザインのみを専門分野にしていた私は戸惑いました。しかし同時に「やってみたい」と強く興味を持ったのも事実です。

「分かりました。弊社に任せてください」――商談成立。キャッチコピーの相場が分からなかったので、その月の受注目標金額に到達する金額を見積りとして提出したら、見事受注しました。しかし、会社にはコピーライターもいなければ、コピーライターの知り合いもいません。「専門のコピーライターがいないなら、私がコピーライターになろう」

今思えば無謀な挑戦でした。しかし、クライアントは私の書いた商品5点分のコピーを気に入ってくださり、1点あたりたった20文字程度の文章に、数万円という金額をお支払いただいたのです。

デザインの修正で試行錯誤し、眠れない毎日が続いていた当時、私にとっては魔法のような出来事でした。「言葉で人の心を動かす喜び」をリアルに実感したのです。

橋本絢子 起業にいたるまでの人生ストーリー3へ続く。

 

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